ななこのArt interview  〜作家の小宇宙を訪ねる〜 (10)

上 村 淳 之

『私は自然体に近い形で鳥に居てもらっていろんなことを教えて貰っているのです。』

 奈良県に住む上村淳之先生を訪ねた。上村先生は現在73才、衆知の通り祖母は美人画の世界に新境地を切り開き、理想の女性像を描いた松園、父は花鳥画の世界で無為の境地に達した松篁である。「幼い頃から日本画の伝統に触れ、何気ない日常を通 して作家の目指すべき世界をみていた。」と語る先生は大学に入る前までは理系の学生だったという。しかし、やはり絵を描きたい気持ちが大きく、京都市立美術大学(現京都市芸)に入学、日本画の道に足を踏み入れた。以後新制作協会展、創画展を中心に活躍され、現在は日本芸術院会員、松伯美術館館長として日本画の伝統を伝え、あるべき姿を大切に守ろうとしている。





1995年日本芸術院賞受賞作品「雁金」

 上村先生が花鳥画を描くことになったそもそものきかっけは、父・松篁の影響と西洋思想が取り込まれ変貌していく日本画の行方には、日本画と西洋絵画との違いを知ることが大切だという思いからであったいう。現に西洋には花鳥画はない。「東洋は鳥も花も人間も皆同じレベルであり、一緒に生活をしているという感覚があるから鳥に思いを託し、花に思いを託せる。この自然と人間は一体である、自然に教えられているのだという考えが花鳥画であり、誇るべきものだと思います。」これは今や上村絵画の骨格をなしているといえるが、日本画本来の姿を模索し続けた結果 、独自の絵画世界を生みだされたのである。「具体性を伴わない空間が具象表現ででてくるのは東洋画だけなんです。具体的なものがあるのにそれを一切消し去って象徴的な表現として描く。一言でいうと絵というものは作家が夢想した世界を具現化したものである。自分の思いをモノに託して描いている。呉服の世界も日本画の空間と一緒で、描かれている花等に思いが存在している空間でなければいけない。私は今この世界を身に纏っているのだと感じることが価値になる。プリント感覚では意味がない。絵は作家の描いた世界に見る人を誘い、共に良い人生を考えましょうというものがなければ存在価値はないのでは、と思います。」



先生が愛情を注ぎふ化させたヒナ

 また上村先生のご自宅には、まさに野鳥園と呼べるほどの多くの禽舎で鳥達が飼育されている。「絵描きになることを両親に大反対されてたから、家は居心地悪くて、19才からここに暮らすようになりまた。一人だから鳥達がいい友達でね。その頃からずっと鳥を育ててきたからもう50年程になります。」現在1万坪に約120種1200羽。時期になると野鳥達もここへたくさん来て巣作りをする。蛇の天敵の鶴がいるからここが一番安全だと知っているようだ。朝は必ず一時間半かけて小屋をまわり、鳥達の健康に気を配る。自然の中で育まれる生への深い敬愛を抱いておられ、それはもちろん自身の画業にも繋がっている。「花でも蕾が育ち花開き、子供を残して己は朽ちていく、そういう時間を実感するとしないとではイメージの展開が違う。何よりどういう世界を夢想するかはその人のパーソナリティーに全てかかっている。いい世界だけを夢見ているような心境にないとできませんぞ、という私の言い様がある。だから自分はそういう心境にありたい、ありたいがために自然と一緒に居る中で慰められ、教えられ、導かれて幸せがある。私は自然体に近い形で鳥に居てもらっていろんなことを教えて貰っているのです。」先生の作品の本質に少し近づけた、そんな充実感が残った取材であった。