ななこのArt interview  〜作家の小宇宙を訪ねる〜 (12)

川 崎 普 照

『 私の師匠は自然なのです 』

 「私は何と言っても自然が一番好きなんです。人間も自然でしょ。だから私の師匠は自然なのです。」こう語っていただいたのは、現代から近世にかけて尊敬する、又は目標とする彫刻家はおられますか?という質問に対してである。正直、誰かの実名をお聞きできるかと思っていただけに強烈な印象として記憶に残っている。 





第29回日展、平成10年日本芸術院賞受賞 「大地」

  川崎普照先生は昭和6年東京の生れ。本格的に彫刻に取り組もうと決心したのは27才の頃という。この世界では相当遅い出発であると言えよう。「妻と結婚してからです。妻の父親が彫刻家の平野啓吉だったのがきっかけで太平洋美術学校に入学し勉強を始めました。」しかし、在学中(昭和35年)に日彫展初入選・奨励賞、同じく翌年36年日展初入選、39年日展特選で強烈なデビューをはたし、彫刻家としての地位 を確立されている。平成5年内閣総理大臣賞、10年に日本芸術院賞を受賞、16年には日本芸術院会員に就任された。そんなご自身を「自分にはもともとセンスもなにもないんです。ただただ真面 目にやっていくうちに自分なりの基本方針が決まっていって、それを今までずっとやってきただけです。」と語られた。また、義父である平野啓吉先生が平櫛田中先生の彩 色をしていたことから先生自身も彩色の仕事をするなど、平櫛先生との関わりも深かったとお聞きした。「通 常なら雲の上の人で、とてもお話などできないのですが、彩色の仕事で呼ばれることがしばしばありました。そんな時、日展の偉い作家さんが平櫛先生に挨拶に来られることがよくありました。先生は今は彩 色の件が重要だから、と偉い先生を逆に待たせるんですよ。今から思うと大変なことだったんですね。」とにこやかに語られた。そのような出会いや、環境、更にご自身の明るく大らかなお人柄が自分流の制作理念を築くに至ったのではないかと思われる。



部屋に飾られていた平櫛田中先生の書
「ただこれこれ(世の中はただそれだけのこと)」

 そして師は自然だと語る川崎先生にとって、目標とするもの、自分がいいと思うものはやはり自然の中で生まれたもののようである。「昭和47年にヨーロッパへ研修に行き、ギリシアやイタリアで多くの彫刻を見てまわったのですが、ギリシア時代の彫刻、長い年月そこに在り続けたものはやはりいいですね。日本では白鳳・天平の時代のものになりますが、その当時のものはスケールが違うし、多くの人が協力して創りあげていったものだから今の時代のような損得関係がない。だから見ていて大らかさを感じるし、生活の中で生まれた自然な造形に美しさを感じるのでしょうね。誰が良いとかではなく、そういったものに私は魅力を感じ、尊敬の念を持ちます。」  現在74才。「自然に勝るものはないのです。自然は誰が見ても美しいし、感動する。人体はその中でも最も複雑でバランス美を持っている。だから私は自分の制作がその自然にどれだけ近づけられるか、今後もがんばっていきたいです。」  彫刻という造形物に大きな、素直な自然の心が込められている川崎先生の作品を改めて眺めると、人間としての強さや優しさがじんわりと伝わってくるような気がして、雨中にもかかわらず後味の爽やかな取材となった。