ななこのArt interview  〜作家の小宇宙を訪ねる〜 (20)

塗 師 祥 一 郎


『道のわだち一つ、足跡一つが生きているものとつながりを持つんです。


「私のモチーフそのものが人との関わり合いのあるモチーフというか、建物がなくても何もなくてもそこに人が息づいている、そういう意識をどこかにもって今も仕事をしています。」と静かに語られた塗師先生。今回は温かみ溢れる雪景色で知られる塗師祥一郎先生の大宮のアトリエを訪ねた。先生は陶芸家、塗師淡斎の長男として昭和7年に石川県小松に生まれた。誕生まもなく父の仕事の為一家は大宮へ移り住むが、戦火が激しくなり故郷小松へと疎開。絵を描く事が好きだった少年は、旧制中学3年の時北国現代美術展で吉川賞を受賞。これをきっかけに絵を一生の仕事と決め、25年金沢美術短期大学へ入学した。生涯の師匠となる小絲源太郎師との出会いは2年の時。集中講義で教えにきていたのが小絲師であった。在学中の27年に日展に初入選を果 たした塗師先生は、卒業後再び大宮に戻り、小絲師に師事。当初は人物や普通 の風景をモチーフとして作品を制作していたが、自分自身が求める絵画を模索、瀬戸の採土場へ出かけ、土にこだわって描き始めたのである。やはり幼い頃の焼物に囲まれて育った環境、父と土との関わりをみてきた眼が採土場に向わせたのであろうか。このシリーズは僅か3年ほどの間であったが大きなステップとなった。





   第34回日展、日本芸術院賞 受賞作品  「春を待つ山間」

また、42年に2カ月かけて渡欧されているが、この時にはっきりと作品創りの基盤の一つが築かれたのではないかと思われる。「印象派の絵等で見ていた風景が当たり前に目の前に広がっている。憧れ続けた風景はありのままの自然の風景なんだ、と解った途端、日本の風景を描くことが自分の宿命だなと向こうに行って強く感じまして。それがちょうど雪を描き始めた頃だったから、今私は日本の雪景色にこだわって仕事をしているのです。」雪を描くことによって余白が表現できる。東洋の美である余白、その空間を油絵具によって創りだす。それが塗師先生の魅力の一つであり、郷愁に心が動かされるのだろう。更に、「日本の風土と岩絵具との適性について考えると、ヨーロッパの中で育った油絵具はどうか。私はその油絵具にこだわって何ができるのか、未だに悩んでもいます。例えば画題と画材との問題。霧など、風土的な風景はやはり日本画的な画材の方がより的確な表現が出来るような気がします。一方で雪景に月が出ている空の透明感等は、むしろ油絵具じゃなきゃ出ないんじゃないかなとか。油絵と日本画、それぞれの良さを考えることは絵を描く上で重要なことだと思っています。」と話された。こうして日本風土の豊かな自然を雪景とテーマして描き続けた塗師先生は、平成9年文部大臣賞、15年日本芸術院賞受賞、同年日本芸術院会員に就任されたのである。

 冬の取材は過酷で、車が雪にもぐってしまったり、動物の足跡を追って歩いていたら突然溝にはまってしまったりと、いろんなことがある。だが塗師先生はこの取材こそが楽しみであり、これからも自分の足で描くと語る。「写 真じゃダメ。実際の空気が伝わらないから。自分がその風景の中にいて、その風景との会話の中で筆が動くっていうことは非常に重要だと思う。そこに人物がなくても道のわだち一つ、足跡一つが生きているものとのつながりを持つんです。」先生の雪景に温かみを感じるのは、単に雪のゆるむ頃、主に春雪を描いているからということばかりではない。塗師先生の真摯な眼と風景に溶け込んだ「生」の存在を感じるからなのだと改めて思った次第であった。



先生の思い入れのある作品  第49回光風会展「陶土」