平和を希う こころの花火

第36回日展より

大山 忠作

「光散華」

 

 大山先生のことしの日展出品作は花火をモティーフにした。昨年は龍鳳図、その前は鯉、順次遡ると、猫家族と題して奥様像、富士に鶴、蓬莱山、月・富士・枝垂れ桜(雪月花)といった風である。
 猫を抱いた奥様像や得意とした鯉などを除くと、ほとんどが謂わば吉祥図である。紛争の絶えない国際情勢や禍々(まがまが)しい事件の多発する日本の現状を愁い、何とか平和で明るい世の中を願ってのモティーフであり、作画の想いであったろうと思う。
 今年の『光散華』について先生はこう語っている。
 ―今夏、七月の終わり、隅田川花火大会の花火コンクールに、その審査委員長を委嘱された。次々に打ち上げられる華麗なる花火の競演に、これは正に光の散華だと直感した(散華とは仏教の慶事などの時に天空高く蓮の花びらが舞い散る様)。その時の強烈な印象をそのままに、敢えて散華と題した。(アートガイドより)―
 画面いっぱいに今まさに花開いた瞬間がとらえられている。それは画面から飛び出すほどだが、彩色は闇の黒に金と故粉の白がほとんどで、現実の極彩色の花火の華やかさは少しもない。ドーンという音だけが静かに遠く鳴り響いていると言った印象なのだ。
 散華には、先生の文中にある意の他にもう一つ、戦死することの意がある。
 大山先生は美大の在学中に戦役に徴兵され、敗戦の年南方戦線から引揚げのとき、乗っていた貨物船がアメリカの空爆に撃沈され、撃破された船の木片につかまって漂流すること数時間、もうこれまでという体験をされたというお話をだいぶ以前伺ったことがある。先生の歳頃の世代の方々は多かれ少なかれ戦争をくぐりぬけてきた。花火を眺めながら死んで行った多くの同胞の英霊を思い起こしていたのに違いない。だからこれほどに静かなのだ。
 一日も早い平和の日々を祈る気持ちが、歳経てあつく深くなる仏心がおのずと筆を動かすのかも知れぬ。
 平和な日々を!!     (中野)