第51回二元展より
―滋味深い時の堆積―

会長

嶋津 俊則

 

 チョモランマはヒマラヤ山脈の主峰で、ネパールと中国チベット自治区との国境にある世界最高峰エベレストのこと。数年前ネパールの高地にわけ入って、明るい澄んだ大気と壮大な光景にすっかり魅了された。
 嶋津俊則は風景画家であり、長い間イタリアのロカマドールの地やマテーラを好んで取材し、中世の香りを漂わせる聚落を、赤茶の屋根と黄ばんだ壁の街並の、俯瞰する景を描いてきた。何百年幾世代にわたって人々が暮らし続けている歴世の街、気の遠くなるほどの時間を閲してきて今なお生き続ける聚落、そこに吹く風や降り注ぐ光に嶋津は心惹かれるのだ。
 〈風景〉は、どこかに、誰にでも同じものとして在るのではない。人それぞれの心のうちに生まれ、描かれるものだ。たまたまある風景を前にして、この景色はずっと前から心の奥で知っていた、という不思議な懐しさに打たれるとき、その人にとって〈真〉の風景となる。これをデジャ・ヴュ(既視感)といってしまうと平凡だが、故清岡卓行のある詩の言葉を借りれば〈見知らぬ街だから懐かしい〉ということになるのだろう。
 風景を見る目は、その人間が生きてきた過去の記憶、そしてこれからの記憶と深く関わってくる。
 嶋津自身、旧い街に惹かれるのは、生活の基盤が歴世の過去から現在まで、また今後も続くであろう人々の生活と歴史への思いからだという。そういう思いを喚起させ、懐しさを思いおこさせる風景が、嶋津の心に適う風景、歴世の街々なのだ。そして新たに加わったのが「チョモランマと僧院」である。
 冠雪のチョモランマの勇姿を仰ぎみる地に僧院が静かに佇んでいる。灰青色と褐色を基調に、ポールに張られた綱のなびく小旗だけが彩りを添える。点景の小さな人影がスケールの大きさを誘い、澄明な光あふれる大気(空気感)がこの光景の豊かさとなる。時の堆積が深い滋味となる。(中野)   


 

チョモランマと僧院