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アトリエ訪問 新連載 第15回 |
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アトリエ訪問 新連載 第15回 |
| 最寄りの矢板駅(栃木県)から車で10分、別荘地として開発された高台のアトリエから、関東平野の北限を画す那須の山並みが北に、日光連山が西に望まれる。 長じて絵を描いている人々は、ほとんど小さいころから絵が得意で、ほめられて、…ということだが、松野は小2で油絵を始め、パレットナイフだけで厚塗りをする先生に教わった。厚塗りは今につながっている。 小6で日展を見、堀田清治の絵に感動し、高1から通った美大系研究所では、浪人中の先輩の中で講評会で絶賛され、進学せずとも伍していける自信を持った。その頃の自画像作品は確かにそうで、鼻っ柱の強そうな風貌にも見える。“色の響きあいを大切に”との信念があった。 結局進学せず、勤めながら20歳で白日展に初出品初入選を果たし、次いで当時、日展より難しいと言われた日洋展に入選。二足のわらじはダメということで、“生涯を託すならより厳しいところで”とちゅうちょなく日洋展をとったのも強気の松野らしい。日展初入選は25歳、当時の最年少だったようだ。 日野耕之祐との33年間は、松野さん自身が一冊本に書き下ろすべきであろう。 ********* |
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松野のインド通いが年中行事になったのは、いつからであろう。 |
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渇 き 2022年(第9回日展) 130F(油彩) |
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| 松野さんは決断を迫られた時は、敢えて厳しく難儀なほうへ自分を追い込む。背水の陣へ自身を置く。そういう生き方をする人なのだ。 |
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流砂の道 2008年(第40回日展) 100F(油彩)
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