アトリエ訪問

新連載 第17回



アトリエ訪問 新連載 第17回
洋画家 茂木秀夫さん
 ― 匂い立つ大地の香り―
訪問者:中野 中


 茂木さんは、訪問者が企画する「〈風土〉に生きる」展の出品者で、この秋に10回展を迎える。毎年会いながらゆっくり話す機会がなかったので、この連載に登場していただいた。
 茂木さんは美大を卒業後、教員生活を送りながら絵を描き続け、40代半ばから白日展に出品を始めた。ヨーロッパの街や建物群、あるいは公園や木立をモティーフにしていたようだが、会友推挙の作品は長瀞あたりで見かけるような河畔の石を大ぶりにとらえており、平明な写実から脱皮しようとする気配がある。
 21年間出品を続けた白日展を離れ、02年から発表の舞台を新象展に変えて、明らかに抽象化に方向を定めた。04年の「種をまく」や「樹の詩―呼吸する木たち―」(個展)は緑、青、黄色を基調にする明るい作品で、今に続く意志を鮮明にしている。

作家近影

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 茂木さんの住まう町は、バブル時代に住宅地域を広げてはいるが、空は広く、今でも少し遠歩きをすれば、田畑はもとより、梨や葡萄畑や森、林、そこそこの沼地もある自然豊かな地である。
 ―欅は年老いても傷ついても、冬が来れば冬空に厳然と立ち素知らぬ顔をして孤独に耐えている。また春が来れば、春の陽を一杯に浴びて若葉を輝かせ光合成をして自らの命を養っている。私は呼吸(吸気と呼気)を欅の木に合わせ、気を交わす……− 弱きになる心を、そう励ましては描き続けてきた、と述懐する。

2020CAF.N展「地の香」

 茂木さんは、決して声高に語ることはない。常に坦々と、それは立居振舞う所作も、作品も静かだ。
 アトリエでひとり、絵に迷い生きる意味を問うとき、そんな孤独な人を救ってくれたのは、かすかな風に揺れる樹々の葉の音、鳥の声、小川のせせらぎ、そして地の香りなど、自然の優しい温もりだった。そして夜空を眺めては宇宙とつながっていることを思うのだ。
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 人は、誰もが、天賦の才や特別な能力を持って生まれてきたわけではない。平々凡々と働き、食べて寝て、ただひたすらに生きている。そのひたすらに生きていることの素晴らしさ、ありがたさに自ら気がつくのは、いつなのだろうか。
 茂木さんに、格別の才能は無い、と言うのではない。語る言葉のように、自然の優しい温もりに包まれてひたすらに生き、描き続けてきた、その〈ひたすらさ〉が何ものにも代えがたいことなんだ、と言いたいのだ。
 その〈ひたすらさ〉が実を結び熟していこうとしているのが、シリーズ「地の香」である。
 静かで地味な絵だ。
 濃淡とグラデーションを持つセピアに緑、青が殆どの色数、そこに樹木の姿はない。丸さをもつフォルムがあるだけ。
 そこに、自然のすべてを孕み、滋味豊かな地の香りに凝縮する。
 茂木秀夫そのままだ。




2023〈風土〉に生きる

 

*1935年東京生(埼玉県伊奈町在住)。武蔵野美術学校卒業。79〜99年白日会展、02〜22年新象作家協会展、20・22年CAF.N展に出品。14〜23年グループ「〈風土〉に生きる」。87年初個展。