幹線道路を脇に入った閑静な住宅街の左手に斎藤家はあった。門扉の内に大きな桜樹が若葉を繁らせて迎えてくれた。
右手の本屋には、すでに40年近く住まっており、別棟の独立したコンクリート2階建てがアトリエで、3年ほど前に近くから移ってきた。 |

アトリエスナップ
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斎藤史郎さんの画歴は大学のパレットクラブ所属から始まる。のが一般的だが、実は10歳のころ小学校の図工の時間にレンガに彫った顔、頬はくぼみ、目をつり上げ、鼻は大きく顔の真中で堂々と、そして口もとは歪んでいる。この作品こそ、後に画家となる斎藤さんの真のルーツ、いまの作品につながってると見るのは、いささか牽強付会に過ぎるだろうか。
大学卒後、日本経済新聞社に入社、2年後あまりの多忙さに絵の制作活動は中止せざるを得なくなった。でも未練があったのだろう、自分の画力の程度を知りたく、縁もゆかりもない二元展に出品。F50号〈小屋〉が入選。いまも自宅に飾っている“青春の記念碑”である。
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第51回二元展 世界堂賞 イスタンブールの親爺 145×97cm 2012年
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それから時は流れて、37年、青年も還暦を迎え、再び二元展に挑戦。果たして入選はもとより新人賞の照れ臭いご褒美付きとあい成った。
この間、新聞記者から編集局長、その後“日本記者クラブ”理事長等歴任、その活躍ぶりは推して知るべしだが、今回は画家としての登場で、その作品と同様、地味な舞台である。
だが、地味は慈味にも含蓄にも通い、孤峰ともなればその深さは底知れず、見れば見るほど味が出てくるようだ。
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今春、斎藤さんは�T海と断崖と親爺�Uと銘打った「新旧作品展」(3・21〜31、東京・銀座アートホール)を開催、新旧・大小合わせて40余点を並べた。画家として20年、一度振り返って自己検証をする試みである。
そのDMに―断崖を描くようになってから10数年。知床の海を初めて訪れた時、沖合の舟から陸を眺めると、数百メートルもあるだろう断崖の上に一軒、人家らしき建物が見えた。ほかになにもない。いったい誰が住んでいるのだろう。風雪に耐えひとり生きる人を思い、絵に描ければと思ったのがきっかけ…―と述懐している。
遠く海を眺める鳥、イスタンブールの街で出くわした杖つく親爺、等々。
一見、古臭い絵柄にこめる、時代を超える優しさ、強さ、確かさ。孤心を支えに、人生の重さ深さを飽かず描き続ける。
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第58回二元展 岸壁にたたずむ 145×89cm 2019年
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*1948年神奈川県生。慶応義塾大学卒。2011年二元展新人賞をはじめ、文部科学大臣賞、博尊賞等受賞。12年第1回個展。以降ほぼ隔年開催。コンクール展に数度受賞。現在、二元会常任委員、日本美術家連盟会員。
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