|
顔の話はあまりしたくない。が、近頃会う人ごとに言われるのだ。私の眉間の皺というか、窪みというか、神経線とも言う人がいるが、要するに私の顔の、良くも悪くも特徴のことである。 「なかのなかの〈眼〉」と表題した、作家論をまとめた評論集を今年早々上梓したのだが、その表紙カバーに木下晋氏が数年前に描いてくれた私の顔の、目の部分を使ったのだ。それで眉間の皺が、私と会った他者から話題にのぼるのだ。のぼせた後、なるほどと納得顔でうなずくのである。そのうなずく納得顔に、私は不安になるというか、落ち着きの悪さを覚えるのである。 眉と眉の間の縦皺に自分自身意識するようになったのは、大学の終り頃か出版社につとめて間もなくの頃ではなかったかと思う。
そのころ付き合っていた彼女に、「これで顎にも窪みがあったら、グレゴリー・ペックね」と眉間の縦皺を指摘されたのである(断るまでもないが、当時の私は今より30キログラムは細かった)。
|
まだまだ挙げられるが切りがない。みな男らしい二枚目ばかりで、これらの遥か後ろに私の名前がくる。つまり、いい気分になっていたのである。 それがいつの間にか、 「陰険だ」 ひどいものである。 で、どうしたか。どうしたのかあまり覚えはないのだ。そして再び話題になって、当の私はヘラヘラ笑うばかりだ。 自画像をいくつも描いた夭折の画家村上槐多は、その自画像にハッキリと眉間の縦皺を描き込んでいる。そして「鬼の線」と呼んで疎ましく思っていたらしい。 「妻子に別れ」の易断にも負けず、私はめでたく結婚25周年を迎えることになる。 |
|
2002〜2003 essayへ
|