折々の眼(28)
公募団体の“展示元年”へ向けて ワシオ・トシヒコ(美術評論家)
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またおまえのオハコの展示構成についてか、なんていわないでほしい。六本木の新国立美術館開館年が刻々と迫っている。上野の東京都美術館から移転する公募団体も、新規に参入するグループも、今その準備におおわらわである。とりわけ、どこもみな展示構成をどうするかが火急の課題となっている。
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へ移るのか。これでは、大義名分も、何もあったものじゃない。古典的ないわゆる″額縁絵画″のレベルに頑固に留まろうとするならともかく、額縁という窮屈な枠組から飛び出し、展示空間との関わりのなかに、新たな表現意義を見出そうとする現代絵画の大きな流れに、まったく逆行するのではないか。これまでの平面
作品には、空間が一つあればよかった。最終的に額縁に囲われる画面空間である。しかし、できるだけ薄い仮縁を使おうとしたり、額縁から解放されようとする現代絵画ともなると、従来の画面
空間のほかにもう一つ、新たな空間が意識されなければならない。展示空間である。画面
空間と展示空間の相関関係を考えながら、作品は展示構成されなければならないのだ。もはや壁は、作品で覆い隠すための単なるモノとしての壁であってはならない。画面
空間の延面線上に広がる不可視な想像空間であり、余情や余白としての有機的な意味をもつ。作品と作品を単純に等間隔に展示すればよい、というわけにはいかないのだ。一点一点、厳しく作品解釈することによって、作品と作品との間隔も決定しなければならない。
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