今月の課題 「日本の文化とは(2)」 編集主幹 松原 清
今年、3月号に表題のテーマで書き始めていたが、途中旅行記を挟んで中断してしまっていた。今月からその続編を記したい。
文明の発達は文字の発明から始まると前回述べたが、いわゆる世界四大文明(メソポタミア・エジプト・インダス・黄河だが、アンデス、メソアメリカなど考古学研究が進展した現代では、初期の文明をたった四つに限定する見方はおおむね否定されており〈中国でも長江文明や遼河文明など、黄河文明以外の文明が存在したことが確認されている〉、四大文明という概念自体が知識に乏しかった過去のものといえる。)と言われる所以は、⑴文明をはぐくんだ大河が存在することによる氾濫農耕、灌漑農耕による余剰農産物の蓄積。⑵ 都市への定住:人々が特定の職業に就く。⑶組織や民族:単一の定住に比べてより広域な地域にまたがる。⑷広範囲な貿易。⑸文字で筆記すること:そのすべての痕跡を保存するために開発された。以上の五項目を満たしていることによる。とある。日本の三内丸山遺跡やアフリカの古代遺跡が同時代に存在していたことが確認されてはいるものの、残念ながら土器などに文字の痕跡が認められていないため、新石器時代の定住文化とみなされているのである。
やはり、一番重要なことは文字の発明で、言葉を記憶媒体として文字に置き換えたことによる思考領域の大幅な拡大にあると言って過言でない。ここで、前回の文化の定義に結びついていく訳だが、ひとくちに言葉と文字の関連と言っても先に存在していたのは言葉である。
日本語のルーツ、その系統は明らかでなく、いまだ解明される目途も立っていない。言語学・音韻論などの総合的な結論は『孤立した言語』である。しかし、いくつかの理論仮説があり、いまだ総意を得るに至っていないというのが、現状である。私達日本人は世界に稀な言語体系をもつ日本語を話し、その日本語で考え知識を集約して蓄え、またそれらを組みあわせて思考したり、外来語を巧みに取り込んできた。奈良時代には言葉を漢字に置換し、真仮名として記述してきたが、平安時代に仮名が発明され、以降、言・文をほぼ一致させて、言葉として話し、文字として記述してきたのである。時を移さず世界最古と称される紫式部の長篇小説『源氏物語』や清少納言の随筆集『枕草子』が生れているが、このことは当時の日本人の知識階級が、素晴らしい感性を既に持っていた証としてあげられる。日本独自の藝術文化は仮名と共に発展を遂げていったと言ってもいいだろう。
もちろん、飛鳥・奈良時代の仏像や、寺院、工芸品は、大陸の影響を大々的に受けながらも日本的感性が内在しているのは明らかで、その藝術的価値は高い。平安以降、鎌倉、室町前期までの時代は大陸の輸入文化を基調として日本人の感性を加味して日本独特のものに転化させていった。室町中期に入ると、伝統的な寝殿造風と禅宗寺院における禅宗様を折衷した北山文化が生れ、その後、禅の精神にもとづく簡素さ、枯淡の味わいと伝統文化における風雅・幽玄、侘を精神的基調とする東山文化が生れた。また、庶民の社会的地位が高まり、連歌、猿楽、狂言、喫茶の風習も茶の湯として広がった。その延長上に出現したのが茶道であろう。人の死生観を根底にもった侘寂の世界は日本人独自の文化を開花させる原動力となった。続く
全日本美術『今月の課題』の
1996~2005年を単行本に
全日本美術編集主幹 松原清 著
A5版 272頁 定価2000円