今月の課題 「家訓(2)」 編集主幹 松原 清
先月、伊達政宗の家訓で以下略とした部分だが、やはり記しておこう。
「人を思いやる気持ちが強くなると意見も言えなくなる。正道ばかり強調すると頑固になる。礼も過ぎれば無礼になる。弁が立つ人は、ともすると騙そうとする。信用し過ぎると裏切られる。」
現代に於いても十二分に通用するし、わきまえていなければならないことである。しかし、人を思いやる気持ちの持ち主も随分と少なくなった。人の質が戦後の高度成長と愚民政策で変化してしまったから致し方ないかもしれないが、一方通行の個人主義が横行し、人のことより先ず自分のこと。平気で人を中傷し、自分さえ良ければよいという風潮が蔓延している。力のある者(権力・暴力)が率先してそれをやるから、やられた方は、それより弱いものに鬱憤をぶつけて負の連鎖となり、ついに自殺者をつくってしまう。また、正論を堂々という人も少なくなり、言える場が狭くなったようにも思える。学校でそんな態度をとろうものならイジメの対象になりかねない。人を言葉で打ち負かすディベートがもてはやされ、二枚舌が当たり前の政治家ばかり。民主に期待した国民の嘆きは一層の政治不信を強めたのみである。
なぜ、このようなことに至ったのであろうか。その原因を辿るとやはり教育の歪みに行き着く。西郷隆盛の座右の銘「敬天愛人」、また「清貧」も、もはや死語になっている。様々な素晴らしい名言や家訓は多くあるが、最も必要なものは、それらの言葉を心身で理解し、実践する器をもつ子供達をいかに育てることである。が、残念ながら教育現場を取巻く環境があまりにも悪すぎるように思う。せめてそう考える大人たちが増えれば、徐々に変革することも叶うかもしれない。
先月から記した伊達正宗の家訓であるが、その最期に「仁」「義」「禮」「智」「信」について述べている。この五つの語の真意を知り、実践することが自身の残した家訓を正しく守ることになると言っているのである。
さて、私達がよく聞く武将の家訓として徳川家康の家訓(遺訓)がある。「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし、こころに望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし。堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思へ。勝事ばかり知りて、負くる事をしらざれば、害其身にいたる。己を責て人をせむるな。及ばざるは過たるよりまされり。」流石に天下を最期に治めた人の言葉は一味違う、と筆者自身今の今まで信じて疑いもしなかったが、この家訓は偽作だとのこと。明治時代に元500石取りの幕臣・池田松之介が、徳川光圀の遺訓と言われる『人のいましめ』を元に、家康63歳の自筆花押文書に似せて偽造したもので、これを高橋泥舟らが日光東照宮など各地の東照宮に収めた。というのが明らかになっているらしい。
筆者の実家の家訓など聞いたことがないが、「仁」「義」「禮」「智」「信」を今一度学びたい。
全日本美術『今月の課題』の
1996~2005年を単行本に
全日本美術編集主幹 松原清 著
A5版 272頁 定価2000円