今月の課題 「人が見事に生きる」とは 編集主幹 松原 清
この4月号の編集の真っただ中の2月24日、かな界の巨匠・高木聖鶴氏の訃報に接した。14歳のとき「一生続けられる趣味を持とうと考えました。それも将来自分が一人立ちを出来る趣味をと決心しました」と直にお聞きしていた筆者であるが、「その思いを貫いた一生、見事でしたね、聖鶴先生」と思わず心のなかで繰返していた。そして、なぜか宮城谷昌光の「楽毅」の冒頭のことば『人が見事に生きるのはなんと難しいことか』を思い出したのである。「権力は人を狂わせる。」「すぐれた君主に仕えればすぐれた臣になる。運の良い人とつきあえば自分の運もよくなる」人を洞察する目をもちなさいということだが、聖鶴氏は真摯に書の本質に迫ろうとした、その努力の絶えまぬ繰り返しのなかで自然に身につけていった知識と考え方が、品性高い人格を兼ね備える力となった。こと「書」と自分には厳しく、人には限り無く優しい方であった。
国が乱れれば、その国民も乱れる。国民が乱れれば文化が停滞し、破戒される。やはり、文化と政治は根底で繋がっているのだ。今、世界はきな臭さが漂っている。中国の覇権主義とアメリカ・トランプ政権の大国主義、ロシアの武力優先外交と大国のはばからない国益第一主義、それに輪をかけてテロ国家の存在もある。こんな時こそ、トップは率先して身を正すことが肝要なのだが﹆誰のための政治かわからない様相を呈している。『大学・伝九章』に「一言僨事 一人定国」とあるが、たった一度の失言が事をぶちこわしにし、たった一人が身を正すことによって国は安定する。昔から続く教えは正に的を得ている。また、『左伝・昭公6年』に「国将亡 必多制」とあるが、法律や規制が増えることは国が乱れてきている証で、それは亡国の兆しだという。日本もそんな傾向にあるのではないかとの危惧をいだく一面も。日本と日本人の誇るべきアイデンティティーに潜む良さが次々と失われていくようだ。
今世界はグローバルであり、一国の都合で我田引水をなせば、そのしわ寄せは巡り巡って自国へと波及する。中国も3千年の歴史の中、流石に「孫子の兵法」には長けておりその運用を地でいっているも、大学や中庸といった名著を忘れたかのような政治形態が続いている。ついでながら菜根譚から個としての名言も書き添えておく。『寵利毋居人前徳行毋落人後 受享毋踰分外 修為毋減分中』これは、利益は人より先に飛びつくな。善行は人に遅れをとるな。報酬は限度を超えてむさぼるな。修業はできるかぎりの努力を怠るな。という4つの戒めである。現代の風潮はこの戒めの真逆にあるようだ。また現代はスマホや車、様々な文明の利器に囲まれて生活が成り立っている。確かに便利になった。しかし、私たちは使っているという意識をもってそれらを利用しているだろうか。電車の中や歩きながらのスマホがすごく気になっている。逆に物に使われていて、面と向かった対話の大切さを忘れかけている。
全日本美術『今月の課題』の
1996~2005年を単行本に
全日本美術編集主幹 松原清 著
A5版 272頁 定価2000円