今月の課題 「クロアチア」を訪ねて(3) 編集主幹 松原 清
ドゥブロヴニクは、アドリア海に沿って南下するクロアチア最南端の市である。城壁で囲まれた旧市街は、歴史的に海洋貿易によって栄えた都市で、1358年ハンガリー王国から独立したラグーサ共和国時代にあたる15世紀〜16世紀に最も栄えた。いわゆる大航海時代に小さい都市国家ながら地中海、アドリア海に多くの良港や造船所を所有し、当時のヴェネツィア共和国やイタリアの海洋都市国家をライバルとしていた。極めつけは西から勢いを増すオスマン帝国に中立を認めさせる為、莫大な冥加金契約をなして、更にヴェネツィア共和国から直接攻め込まれないように自領をオスマン帝国に割譲して緩衝地帯を作っている。その緩衝地帯が後々残り、ボスニアに組込まれたため、ドゥブロヴニクは今なおクロアチアの飛び地としてある。
私たちが、プリトヴィッツェからシベニクに入り、クロアチア3日目のシベニク観光(聖ヤコブ大聖堂でミサを体験)、トロギール観光(聖ロヴロ大聖堂・ロマネスクとゴシック様式の混在)を経て、ボスニアを経由してドゥブロヴニクへと辿り着いたのは夜7時頃。すっかり陽は落ちていたが、旧市街の見える所で夜景を楽しみホテルに入ったのは8時前となっていた。それにしても、物凄い崖の2車線道。真下の海岸沿いに家々が建っており、事故など起れば真っ逆さまである。高所恐怖症気味の私はあまり景色を楽しむどころではなかった。
朝、6時半モーニングコール、8時半出発。いよいよ憧れのドゥブロヴニク観光である。幸い上天気が続いている。添乗員から旅程を変更して朝一でロープウェイで旧市街が見下ろせるスルジ山へ行きましょうとの提案は時を得たもので、待つことも無く一番乗りであった。頂上からの眺めは正に絵はがきどおり、かつてナポレオンが占領した一時期に建てたという巨大十字架もあった。
旧市街の入口は3カ所あり、私たちは城壁左端のプロチェ門から大砲台のあるレヴェリン要塞を通り、島巡りの観光船の波止場(船が浮き上がっているように見える)を抜け総督邸のある青空市場まで行き、自由行動となった。路地が沢山ありその景がまたいい。私はフランチェスコ修道院内に世界で3番目に出来たという薬局、マラ・ブラーチャ薬局で秘伝のクリームをお土産として購入した。クロアチアのこの場所でしか買えないもので、他にネクタイ「CROata」もこの国でしか買えない。この後、古代ローマ帝国の遺跡の街スプリット経由で3月23日本に帰国。大満足の旅だったが、翌日この旅行を企画した会社「てるみくらぶ」の倒産を知った。
全日本美術『今月の課題』の
1996~2005年を単行本に
全日本美術編集主幹 松原清 著
A5版 272頁 定価2000円