今月の課題 「日本語の奥深さ」 編集主幹 松原 清
いよいよ令和元年がスタートした。恙無く平成天皇の御退位と令和新天皇の御即位が執り行われ、私も国民のひとりとして喜びと新たな希望、そして新天皇のもと、末長い平和を願わずにいられない。しかし、不遜なこともおこった。お茶の水大学附属中学校で、秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁(ひさひと)さまの机の上に刃物が置かれていた事件が発生した。皇室の在り方について批判的な言動があるというが、何がそうさせたのか、世界に冠たる象徴の存在は国民のよるべであり、日本という国の根幹といえる。
一方、新元号商法が横行しており、新たな振り込め詐欺も発生している。
先月号でも記したが、日本人は熱しやすく冷めやすい民族のようだ。浮かれて神輿を担ぐがすぐ忘れてしまう。原爆を2発も落とされても未来志向に切り替え、アメリカと同盟を結ぶ国である。心の痛みはそっと奥に包んで犠牲者に手を合わせる。で、戦い方も相手をジェノサイド(皆殺し)しない。指導者のみ罰して敵兵を自分の陣営に加えるという不文律みたいなものがあった。いつまでも恨みを持ち続けない。それが「和」の精神の根底にある。西洋のチェスはとった相手の駒は使えないが、日本の将棋は使えるのだ。中国にも将棋はあるが、チェスと同じで使えない。遊びの中にもその精神がきっちりと入っている。
元号騒動も早々に鎮静化するだろう。しかし、元号が万葉集から引用された意義は大きいと思える。私たちは改めて日本語の美しさ、奥深さ、その多様性を自覚すべきであろう。日本文化は日本語から生まれたと言っても過言でない。そんな中、日本書芸院展の初日(4/24)の講演会で有意義な話を聞く機会をもった。タイトルは「万葉集は言葉の文化財」、講師は奈良大学文学部国文学科教授・上野誠氏。雄略天皇の御製歌に天皇としての民を統べるありようが詠まれており、娘たちに家をおっしゃい、名前をおっしゃいと問いかけている。当時は娘が家と名前を答えることは結婚の了承であった。天皇家といえど勢力の拡大は必須であり、婚姻は重要な手段であった訳だ。家と名前で知ったことは、清少納言は清原家より出た少納言のことで、セイ/ショウナゴンと言う。紫式部も紫の式部が正式だと。婚約が決まると互いに名を呼び合う「よばふ」、夜に女の家を訪ねる権利ができ、結婚が決まると母が住む主屋の北側に妻屋を建てる(北の政所もここから)。元々妻とは主なものに対しくっついているもの。だから、男でも女でも家格のちがいで「妻」と呼ばれた。さしみのツマも同じである。「令和」が引用された万葉集にも言及。宴会好きの貴族社会が垣間見えた。
全日本美術『今月の課題』の
1996~2005年を単行本に
全日本美術編集主幹 松原清 著
A5版 272頁 定価2000円