今月の課題 「古稀に思う」 編集主幹 松原 清
今年、9月で古稀を迎えた。70歳まではこの仕事を続けたいと思いながら、まさか37年間も大きな挫折もなく出来たこと。ちょっと自分を誉めてやりたい。
確かに以前と比べて機械化が進み、電子技術も日々進化を重ね、パソコン全盛の時代を過ぎて複雑なネット社会が構築されてきている。すべてはブラックボックスで、どんな情報が行き交っているか見えない世界。ただ与えられたことばかりで、ハッキングで情報が抜かれるなど日常茶飯事。情報を握るものが現在社会の勝者のごとくある。本当にこれでいいのかな? と思わずにいられない。
私の子供時代は確かに国自体が裕福でなかったし、各家々も質素だが人の尊厳の重さがあり、もっと自由があった。将来の夢を語れる環境があった。何が我々を変えたのだろう。金か名誉か支配欲か。物事の考え方を一様にする教育は危険だと思う。その一様化が国レベルで支配力を持って勧められたら必ず独裁を生むだろう。為政者はその根本をはずしてはならない。人間の尊厳すら
奪われてしまうことになりかねないからだ。
最近、フェイクニュースがネット、マスメディアで飛び交っているが、常識的に判断してもわかることなのに、平気で通信網から除外する力技を押し通している。
卑近な例ではコロナ感染の初期治療薬の推進だ。ユーチューブでその必要性をアップすると発信を中断され、はずされると聞く。重症化してはじめて入院治療を受けられるという定義自体おかしいし、軽症のうちに完治させるほうが良いにきまっている。叱られるかもしれないが、ワクチンを打たせる為に治療薬が認定されないというロジックが成り立ってしまうのだ。もう、正直マスクはうんざりである。早く以前の生活を取り戻したい。
美術界もすっかり変わってしまった。ここ20年日本のお金が世界の価値から取り残されている。以前は東南アジアやヨーロッパに行っても日本の感覚で充分通用したのだが、給料の上昇をずっと押さえてきたために、今やシンガポール等の会社では出向した日本人の給料が現地人より少ないと聞く。これでは美術品の売買も巧く行かない訳だ。国内ではカリスマ的な作家が姿を消し、一様化が進み多様性からの質的展開がいきづまっている。前にも記したが、理論的技法の脱落が見受けられ、写真やパソコンを通した機械的加工の美術が堂々と闊歩している。正確なデッサンを自分の眼と腕でこなせる作家が少なくなっている査証であろう。
自民党の総裁選挙は、岸田文雄が勝利した。経済、外交、防衛に対処必要な時代だ。総選挙が待たれる。朗報は真鍋淑郎ノーベル物理学賞だ。
全日本美術『今月の課題』の
1996~2005年を単行本に
全日本美術編集主幹 松原清 著
A5版 272頁 定価2000円