|
生誕百年記念
遺作展の作品がこれほど鮮やかな印象を残してくれるのも珍しい。逆に考えれば、大きさや強さばかりを追ってきた昨今の書壇で、こういう静けさの中の芯の強さのようなものが見失われているのではないかとも回想した。昭和、平成の書壇で活躍し、平成19年87歳で逝去された成瀬映山生誕百年記念展。昭和40年代、50年代の少字数による日展出品作から始まり、昭和60年の日展で見せた「杜甫詩」五律の淡墨細線による多字数表現へと壁面は移る。この辺りの作風は青山杉雨師の影響を受けながら、映山独自の気韻を探ろうとした時期で、その細線の微妙な揺らめきに静かな闘志を感じさせるものがある。そして平成元年の日展作「杜甫詩」五律に至っては、その細線の動きは極みに達し、古典書法の骨格のみを抽出するかのような斬新な余白を創りだした。平成5年、師青山杉雨が逝去する。掲載作はその年の日展出品作である。晩唐の抒情詩人李商隠の詩情に、師を失ったそのときの映山の心情を乗せきった名作である。そしてこの作で注目しなければならないのは書風の変化ともいえる。それはこれまでの細線の情感に加えてかなりの潤渇を見せ、線の骨格を意識したものへと進みつつある。師を求めるのではなく、師の求めたるところを求めよの声を聴くように、映山独自の風確立へと進む重要な転換期の作品となったことが窺える。以降、古文体の淡墨表現や小字調和体などさまざまな作品展開を見せた。その中で一貫したものは映山が常々口にした「気」のある書ではなかったか。むやみに奇を衒ったり、人を驚かせるものは必要ない。書に気韻生動を宿さなければ本格には近寄れないことを映山自身の作品が語っているように思えてならなかった。
|
李商隠詩(1993年・第24回日展)〈310×1660〉 |