尾崎邑鵬と門人展より
積み蓄えた研鑽の境地 一作一面貌
尾崎 邑鵬
4月23日から奈良市杉岡華邨書道美術館で7月18日まで、「尾崎邑鵬と門人展」が開催され、邑鵬氏の4点の新作を筆頭に選抜された由源社の30名、30点の新作が展示されている(門人展は12面に紹介)。
さて、邑鵬氏の4点の内2点を挙げたが、「周而復始」は碧巖録の句。秦・漢簡(木簡)に六朝造像体の風を加味したと本人の言葉があるが、いわば尾崎邑鵬の原点ともいえる鄭道昭の息づかいが感じられる。しっかりとした骨格を持ちながらも、ゆったりとして懐が深い。句文は大字4文字の前に、一二三四五六が入る。六の倍数は節気、陰陽道につながり、暦ひいては人の運勢に通じる。新たな出発に留め置きたい句である。もう1点の作品の「笠峯四季」は、寧楽(奈良)百首の中、三笠山を歌った四季の歌4首を絹本に淡青墨で5行に行草で書した作品である。ほんのりと董其昌の香りあるが、諸風を自風に昇華させた情感が漂い、渇筆が文字群の立体感を醸して深い奥行きを感じる。
紹介できなかった2点だが、ひとつは金冬心(金農)を尺牘風に書した「若草山眺望」。金冬心は、先師辻本史邑が晩年傾倒し、臨書に熱中されたが、その頃に邑鵬氏も教わったという。朴訥さに幾分違いがあるも、風趣を十全に取り込んでいる。そして梁寅の五言絶句を切れ込んだ細線で書した「初夏」。董其昌の流麗な線を意識して傅山の字形を用いたという。作品のイメージを確立して、それにあった文字、構成、風趣を考え得る書家は数少ないが、積み蓄えられた長年の研鑽から辿り着いた境地から生まれる邑鵬氏作品は、正に一作一面貌といえる。
尾崎氏は、大正13年京都宮津の生れ。戦後昭和21年、史邑門の廣津雲仙の鄭道昭調作品に惹かれ雲仙の指導を受け、北魏の書への契機となったが、昭和29年に史邑師の直接指導を受け、師の作風から金冬心、鐡齋の書を学んでいる。史邑師の没後、青山杉雨に師事、邑鵬氏の書への実訥さと非凡な才能を認めた杉雨師のもとで一躍書道界に羽ばたく。
平成5年日本芸術院賞受賞。由源社主宰。 (松)
