書行60年の魂書展
高校二年の夏、幕田魁心は書の道で生きることを決意した。恩師豊島嘉穂の教育者像に憧れたからだ。大東文化大学に進学。ここで出会ったのが安藤搨石であった。最初の授業で「情熱の持続」を説かれた。この言葉が幕田魁心を奮い立たせたのである。以来、搨石師からは「徹底した克明な形臨という臨書方法をたたき込まれました」と言う。「一字書いて疲れないような臨書は駄目だ」「髪の毛一本の空間の誤差も見逃すな」こうした指導によって幕田魁心の書法の基盤が作られる。「古典・古筆の克明な臨書こそが書の美的感覚を磨く唯一の方法である」と。九成宮醴泉銘50回、雁塔聖教序30回、曹全碑20回などの全臨を繰り返した。魁心25歳の時、搨石師が他界する。以後は搨石理論を礎にひたすら独学の道に入る。千葉県公立高校の書道教諭時代も「一日五時間の臨書」を欠かさなかった。生徒引率で時間が取れなかったときは別の日に加算して臨書したと言う。魁心の胸には常に「情熱の持続」を持ち続けていたのだろう。さて幕田魁心の作品に目を向けたとき、その自由奔放な書きぶりにまず感嘆するのだが、前述の書法論との接点を探らなければならない。それは「梧竹堂書話」の一文にあると言う。「古人の書をよく咀嚼し、化すべし。しかる後、脱胎換骨の妙がある」つまり「臨書によってしっかり美的感覚や書法を身につけ、それを変化させ、独創的な書を作り上げる」ことだと。魁心は深く得心したのである。次々に生み出される作品群の根底にはこんな並外れた軌跡があった。
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游 藝(背景画 長谷川鹿鳴) |