書行60年の魂書展
第36回幕田魁心の書
―伝統のその先へ―


●1月30日〜2月5日 
●上野の森美術館全館

 

 高校二年の夏、幕田魁心は書の道で生きることを決意した。恩師豊島嘉穂の教育者像に憧れたからだ。大東文化大学に進学。ここで出会ったのが安藤搨石であった。最初の授業で「情熱の持続」を説かれた。この言葉が幕田魁心を奮い立たせたのである。以来、搨石師からは「徹底した克明な形臨という臨書方法をたたき込まれました」と言う。「一字書いて疲れないような臨書は駄目だ」「髪の毛一本の空間の誤差も見逃すな」こうした指導によって幕田魁心の書法の基盤が作られる。「古典・古筆の克明な臨書こそが書の美的感覚を磨く唯一の方法である」と。九成宮醴泉銘50回、雁塔聖教序30回、曹全碑20回などの全臨を繰り返した。魁心25歳の時、搨石師が他界する。以後は搨石理論を礎にひたすら独学の道に入る。千葉県公立高校の書道教諭時代も「一日五時間の臨書」を欠かさなかった。生徒引率で時間が取れなかったときは別の日に加算して臨書したと言う。魁心の胸には常に「情熱の持続」を持ち続けていたのだろう。さて幕田魁心の作品に目を向けたとき、その自由奔放な書きぶりにまず感嘆するのだが、前述の書法論との接点を探らなければならない。それは「梧竹堂書話」の一文にあると言う。「古人の書をよく咀嚼し、化すべし。しかる後、脱胎換骨の妙がある」つまり「臨書によってしっかり美的感覚や書法を身につけ、それを変化させ、独創的な書を作り上げる」ことだと。魁心は深く得心したのである。次々に生み出される作品群の根底にはこんな並外れた軌跡があった。
 2013年の銀座大個展が思い出される。当時の東京銀座画廊美術館全壁面400メートルを250点の作品で埋めた圧巻の展観。新聞社系に属さず完全無所属を貫く一匹狼が、書壇のみならず大勢の衆目に問うた一大イベントであった。その後も国内外での個展開催を重ね、遂には今回の上野の森美術館全館使用の大個展にたどり着いた。総壁面300メートル、作品は約200点。三年前から計画した幕田魁心の集大成ともいえる展観だ。1階には全紙14枚の「蘭亭序」、「龍」100種、「桜」「富士山」などの大作詩文書が並ぶ。2階の第二室が今展のメインとなった古代文字の作品群だ。上掲はその中の1点。キャンバス地の着色は長谷川鹿鳴氏による。その鮮やかな黄色を背景に、魁心の線が豪快に放たれている。しかしどこかしなやかでもある。これはきっと「游藝」の真意を古代の甲骨体に求めたのであろう。遊びと自由は連関するが、そこには事を極めた者だけが見られる世界があることを謳っているような作品だ。古代文字への憧憬をますます広げる幕田魁心。この先にはどんな表現が控えているのだろうか。書業ではなく、書行の日々が続く。(篠原)

 

 

 

 

 

 

 

 


 

游 藝(背景画 長谷川鹿鳴) 
 〈1530×2830〉