第89回 浅野輝一 展
『日々の情景から…』
―最新作に宿る情念、それは未来へ続く―
● 8月21日〜26日
● 銀座/シロタ画廊
浅野輝一の個展活動が止まらない。5月の南雪谷「小島びじゅつ室」での88回展に続き、89回展が銀座で開催された。このペースが続くと100回展にも数年で届くだろう。なぜにここまで続くのだろうと考えたとき、やはりそこに見出せるのは個展タイトルの存在だ。「現代の風景から…」「日々の情景から」が示すように、浅野は常に社会と向き合い、そこに起こる悲喜こもごもの現象を絵にしてきた。つまり社会の動きとともに浅野の絵も描きつながれていくのである。そしてそれを浅野のメッセージとして世に発表する。そこには浅野の責務さえも窺えるのである。そうして回は積み重なる。浅野にとっては必然の理でもあろう。
今回展は上掲の「望郷の彼方」を含む最新作3点と近作大作8点、それに中小品などを加えた33点で構成された。画廊壁面中央に展示されたこの作。前に立ってしばらく動けなかった。それは強烈というよりも、人間の情念の奥深さ、怨念さえもが過る執念の空間が迫ってきたからだ。いつになくピンクが強調された茜の空の下、8人の人影が頭を垂れながら同方向に歩んでいる。その下に敷き詰められているのはしゃれこうべの山だ。言うまでもなく、戦禍にあるウクライナの情景を、浅野の心が捉えた一場面。悲嘆にくれる人々をじっと見つめていると、あることに気付いた。それは皆、左方向を向き、先頭の人は傷つきながらも上を仰いでいるではないか。画面上の左は未来を志向するといわれる。それを念頭に描かれているのだろう。望郷の思いは必ず未来へ通ずる。そんな浅野の叫びが聞こえてきそうだ。魂の1点を見た。
浅野輝一は学校法人清明学園理事長の任にもあり、日々の教育活動も怠らない。「芸術家としての自分と教育者としての自分は一緒」と言う。また浅野からよく聞くのは「自分の制作をしない美術教師は不要」の言葉。浅野の生きざまを知ると、これらの発言にはうなずかされる。美術家も教育者も社会と向き合い、日々の事象に反応し、それを有形無形に表現することの意義深さ。だから浅野は雄弁だ。誰にも臆することなく笑顔で対峙する。自作を前にしても変わらない。それだけの自信も備えている。 美術文化協会代表
(篠原)
