絹谷 幸二 色彩とイメージの旅
● 8月22日(火)〜10月15日(日)● 京都国立近代美術館
「アフレスコの傑作『光ふる街』初公開」
〈所蔵先よりストラッポされ、キャンバスに移し替えられる〉
◎ 絹谷幸二 天空美術館
(梅田スカイビル タワーウエスト27F)
◎ 8・16〜11・27
独立美術協会会員で文化功労者・日本藝術院会員の絹谷孝二氏の初期から現在に至る代表作を網羅した「絹谷孝二 色彩とイメージの旅」展が、京都国立近代美術館で開催される。8月22日〜10月15日におよぶロングラン開催で、9月19日に一部展替えされ、前期、後期に分かれる。
アフレスコ画で画壇の旧態を破壊する様な自由で斬新な発想と解釈で、強烈なインパクトある作品を発表し続けている絹谷氏だが、美術へ向かう生い立ちは誰しも気になるところであろう。
絹谷孝二は1943(昭和18)年奈良市の生まれ。家は猿沢池畔にあった老舗の料亭で、奈良の文人墨客、白樺派の作家やフランスの作家で政治家のアンドレ・マルローも訪れたという。また、祖父が美術品の蒐集家であり、そんな環境下で育った。奈良学芸大学附属小学校に入学、腕白で野球小僧であったが優等生、絵は幼少期から好きで、1年生の頃から奈良出身の光風会会員・西岡義一に絵の手ほどきを受けた。中学、高校を通じて美術部と野球部に在籍したが、結局意識は絵画へと傾く。というのも昭和31年、同附属中学2年生の時に奈良県展に入選、その後も市展他に入選を重ねている。県立奈良高校時代も成績優秀で、周りは東大進学を期待していたが、絵画へと傾いたその意志は固く、絹谷氏は東京芸大美術学部油画科に入学(小磯教室)。卒業制作の「蒼の間隙」が大橋賞を受賞、同大学院へ。その2年間に独立展に出品し、初出品から連続独立賞を受賞。院終了後の昭和43年に独立美術の会員に。最短、最年少の快挙であった。が、もっと大きな転機の種子を大学3年の時に奈良で感受している。法隆寺の壁画を見て深い感銘を受けたのである。大学院で壁画科を選択したのはそうした事由からであった。会員推挙の2年後、氏は初個展を開催しているが、劇的な会員推挙は広く知れ渡り、作品の斬新さと相まって、イタリアのアカデミーから留学招待を受けるのである。
その後の氏の活躍は言うまでもない。昭和46年最年少での安井賞を受賞、62年日本芸術大賞受賞、平成1年毎日芸術賞受賞、16年藝術院賞を受賞し、日本藝術員会員に。そして26年文化功労者顕彰を受けた。氏の技法はイタリア本場仕込みだが、発想は仏教が根幹にあり、強い独自性を持つ。今をビジュアルにどう描くかだ。 (松)
