2021年企画展
袖ケ浦市市制施行30周年記念
袖ケ浦の美術
―画業50年の軌跡「elegyと慈愛」―
中島敏明 展

●3月23日〜4月18日
●袖ケ浦市郷土博物館

 

 この作品は作品題名に明らかなように、2011年3月11日に発生した大津波襲撃と放射能漏洩事件に触発されて制作した作品であり、この年の秋の第96回二科展に出品された。
 翌年の同じテーマの作品(〈elegy-3.11「黒い海」〉)に“私は被災地(南相馬市)出身で、その風土、空気、人間を知り尽くしているゆえに、人一倍見えてくるものがあり、これを描いた。いや描かされた。/ベクレルやシーベルトでは数値化できないが、私の心はまぎれもなく(中略)放射能汚染されたのである。(後略)”と中島はコメントしている。
 事件発出からわずか半年後、これだけ密度を持ち精神性の深い高い質度を持つ作品は驚くばかりである。が、これほどの作品が生まれるべく前史がある。
 この作品は《elegy》シリーズが始まってから10年近くの歳月を閲している。その頃の日本社会は世紀末を迎えバブルの狂騒は冷え、気力も阻喪し、世情は混沌として悲劇的な惨事が続出、人の心はとげとげしくささくれ立ち、不穏・不気味な空気が漂い、魂の抜け殻へと化していった。
 そうした社会情況の中で氏の描く《elegy》は、一般的に言う抒情歌の失恋の悲しみを歌う悲歌・哀歌とは異なり、“人体のフォルムのバリエーションから人間が網膜を通して感じる窮極の形と色を求め、世紀末の今だから
こそ描けるコンテンポラリー(同時代性)の作品。(中島)”を模索しながら構築しては解体を操り返してきた。あるいはまた、2001年に「ウズクマル」(第86回二科展)がある。こうした練磨を経て生まれた「蹲る」は、より主知的に、堅固な構築性を獲得している。
 が、冷たく突き放した存在としてではなく、心身 悲哀に侵蝕されている心身には、逆説的ではあるが人間が本来的に抱いている温もる愛を孕んでもいる。そこに顕現するミクロコスモスは徐々にモノクローム化をすすめ、静かに心情と思索を深め、さらにそう簡単にはヘコタレンぞというしなやかな強ささえある。
 この作品のころから、悲哀と慈愛を交こもごも々にしながら、“慈愛”シリーズへと展開していくことになる。
 “日常の中で記憶に蓄積された不安、苦悩、絶望、衝撃などに突き動かされ”ながら、“生きることは如何に死ぬかという命題を常に背負い、喜び、怒り、悲しみ、憎しみ、そしてそれらを超越した慈しみ、様々な思い”を中島は作画に秘めて、また明日へと力強い歩みを踏み進めて行く。
*2面プロフィール参照。(中野 中)

 

elegy-3.11「蹲る」  
2011 年 油彩 キャンバス 130F〈第96回二科展〉