第107回二科展より

―達観の境地が創り出す氏自身の
「あるがまま」―

中島 敏明

 会場1室は実に様々なコンセプトで描かれ、鍛え抜かれた作品が集まるビッグスポットであり、二科展もまた同様である。役員トップ及び二科の看板を背負う作家から次代を担う期待の星が集う。その中、ユ91年ころから発表された「エレジー」シリーズ以来、具象絵画の中に心象的表現を加え、描く意思と理想を深めながら作家自身の「愛」の形と色彩を求め続けてきた中島敏明「慈悲」をピックアップさせていただいた。形はヘンリー・ムーア的ふくよかなボリューム感に溢れ、より母性の象徴化に近づき、色彩は柔らかく何層もの色が静かに沈着している。
 筆者は、第102回二科展に見た「慈悲〈黒い海〉」に感動し、こう記した。「柔和で、なんと厳かな画面空間であろう。津々と時を刻んだ精神が、母子のフォルムを紡ぎ、ゆったりと沈着させる。怒りも、悲しみも、喜びも、色彩となって流れ出し、樹根の化石のように襞を張り巡らせる。動けないけれど拘束感は一切感じない。柔らかく輝く慈愛の魂が母と子を繋いでいるからだ。この世界はとりもなおさず中島敏明の精神世界であり、氏独自の小宇宙としてある。『やっとこんな境地に辿り着いたよ!』と言う声なき声が聞こえてきたようだった」と。恐らくこの作品を越えるのは難しいとも、そう感じた。
 しかし、今作もまた境地の世界に縛られることなく、質的潤いを保持しながらしっかりと会場で静かなオーラを放っている。家族の抱擁の図の背後の人影も気になるところだが、一見異端的なより具象の子供との絡みで次の次元を予兆しているのかもしれない。最近体調を崩していたとお聞きするが、そんな中にあっても常に作家であらんとする精神と妥協を許さない探究心。最愛の人を亡くした悲しみからの達観の境地が創り出す氏自身の「あるがまま」であろう。
 話は少しそれるが、中島氏は18歳で仲間とグループサウンズ(ザ・バッカス)を結成、プロのステージに立っていたと聞く。中島絵画の画面に流れるリズム感覚は奈辺のなせる技なのであろう。年が経過しても名作の醸す情感は、人々の魂を揺さぶり続ける。(松原)

 

慈 悲    F130