LOVE IS ALL
中島由夫展
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1月2日〜10日
■ 熊谷市・八木橋百貨店
ゴッホの絵に感動して、「絵描きになる」と決心した中島由夫。巧い絵より想い、感動をぶつけた絵、姿・形は二の次で「へたの方がいいんだよ」と言い切ってしまう所に中島由夫の絵の本質がある。19歳でわずかな金をポケットに、船で上海に渡り、皿洗いなどのアルバイトや路上パフォーマンスをしながらインド、中近東、フランス、オランダと巡り、知己を得てスウェーデンに行き着いたその行動力に、明治維新の若き獅子の情熱をみる思いがする。そして、ラップランドの太陽に行き着いた。自らの感情を北欧の太陽にすべてぶつけたシリーズは中島を一躍スウェーデン画壇に引き上げ、多くの仲間が集うようになるのである。その中でも最も中島の芸術を理解し、手を差し伸べたのはヨルゲン・ナッシュで、彼はコブラ運動の本流を継投する画家であった。中島はその仲間と共に数々のイベントを実施、中でも中島が企画責任者となり1974年から約2年間続いた「国際ウッベボーダ・シンポジウム」は世界52カ国、総数180名の作家・芸術家をスウェーデンに招いた一大イベントで今も語りぐさとなっている。ヨルゲン・ナッシュは中島の招待で一度神戸を訪れている。海文堂での展覧会も思い出深いものとして私の記憶に刻まれている。
この四半世紀の間、中島由夫は埼玉、東京、名古屋、福岡など毎年個展活動を展開してきた。その一方で世界を舞台として様々なイベントを開催、アメリカ、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、ノルウエー、フィンランド、韓国の公的機関(美術館、博物館など)約35ヶ所が中島の作品を収蔵し、拠点であるスウェーデンでは既に40数カ所の美術館や市に収蔵されており、かつて国営の大窯場であったラウス工房を取得してラウス焼きの伝統を受け継ぐと同時に、中島由夫アートセンターを開設。2010年に中島由夫美術館を併設した。しかし、海外での活動で得た高い評価に準じた芸術上の評価を残念ながら日本では獲得していない。私も10年程前になるが、2度にわたり京都賞の推薦をさせていただいたが、まだ日本での認知度不足があったかもしれない。これも、現代アートが日本で独り歩きしていない証であろうと思うが、日本に於ても着々と中島由夫作品を収蔵する公的機関が増加し(17ヶ所)、大学、専門学校にも多くの作品が収められ、衆目の知るところとなってきている。
中島由夫の凄さは、制作理念の変わらないところである。今は平面作品ばかりか、立体、陶芸、書まで手がけているが、心と表現が純粋に結びついており、「子供の純真さ」を持ち続けている希有な芸術家である。だから作品から元気をもらえる。1999年の「故郷に陽が昇る展」に引き続いての、故郷・八木橋百貨店での大個展。書道ガールズとのパフォーマンスは圧巻で、また作品も一段と明るくなり確固たる存在空間を持っていた。(松原)
