清 原 啓 一
遊鶏の賦

■4月5日〜5月20日  ■渋谷区立松濤美術館

 日本芸術院会員の清原啓一氏の大回顧展が地元渋谷区の松濤美術館で開催された。
 清原氏は1927年、富山県砺波市の旧家の生れ。子供の頃から絵が好きだった少年は富山県師範学校時代に文展作家の川辺外治に本格的に石膏デッサン他を学び、また棟方志功の知遇も受けこの頃から各公募展に出品している。父の意向で美大へ進む夢は叶わなかったが、1950年明治大学政経学部3年編入で上京を果たし、大学に通う一方で絵の勉強を続けている。卒業後は父の反対を押しきり東京に残り、中学教諭となって、その年に日展初入選。師範時代から光風会に出品した経緯もあり辻永に師事する。初期は人物、静物を出品しているが、清原絵画の代名詞となっている『鶏』が登場するのはその2年後、1954年である。一般モティーフから如何に脱却するかを思い悩んだ時、田舎で飼っていた『鶏』がふっと浮んだという。思い立った後のその行動力がまた凄い。鶏舎を庭に作り一日50枚のスケッチを実行、2000枚程でようやくタブロウにしたと聞く。その後、『鶏』との生活が氏の絵画生活に直結し、約50年間ライフワークとして自由闊達な世界へと変貌を遂げるのである。その合間に描いてきた日本の心を絵画に託した『山シリーズ』も見応えがあった。全50余点の展観。   (松)

     「鶏(春の庭)」 1988(昭和63)年
     油彩、キャンバス 120F/193.9×130.3cm
     第74回光風会展出品 砺波市美術館蔵