| 第104回二科展より
−作品に宿る東洋的心象性−
理 事
山中 宣明
二科展と会期を重ねて個展「Transparent Rhyme」(造語で“透韻”の意)を開催した。凝視のあと目を閉じたときに見える残像、演奏終了後に聴こえる残響の映像化を意図し、より透明性と彩度をあげた作品と、マットで不透明な作品との対比や融合を試みた、とコメントしている。
対比と融合、例えば繊細と大胆、静と流動、広がりと収劔など相反する要素の調和・昇華は、山中さんの根幹をなす制作意識であり狙いである。
1997年に赤坂(港区)の草月ギャラリーでの大個展「韻の形」以来、少なくとも一貫しているテーマなのだ。
掲出の『An anonym』(匿名の意)は長く続いているシリーズである。学生時代から好きな陶器の釉薬のイメージ、触覚、表にサインせず高台に印(サイン)をつける作品の在り方等を今に追い続けている。故に、表現しつつ匿名性を追いかけるという矛盾に、常にまさぐり、格闘する日々となる。かつて、筆触・絵肌・色彩
の積層による魅力的表現を“練美”と称したことがある。
氏を取材すると理智的であり、理論家であり、西洋美術史の文脈の中での抽象画の概念に深い造詣を持つ。その概念から可能な限り遠ざかろうとし、繰り返すようだが、身体的五感にすべてを委ね、自分の美意識に正直に素直に快感原則で制作しているようだ。あくまでシステマチックな抽象には陥らず、“耳を澄ますと聴こえてくるささやき、じっと目を凝らすと見えてくる根源的な造形感覚を喚起するかたち、共通言語としての色”等をさぐっているのだ。
“さぐっている”から自由で自在で、だから少しも押しつけがましさはなく、観る人は親和感を抱き、気づくと対話をしていることになる。
水平に広がり風景の記憶の集積を喚起する一方、垂直構成(縦の流れ)で抽象性を高める作品の中で、今作は後者。ここには東洋的心象性も包含されて、あくまで深く静かに染みいっていく。
大いなる未完の練美、とあらためて何度も対話したい気持ちになる。(中野)

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