2015 石阪
春生 展より
「目力の強さと繊細なドローイング」
● 5月12日〜31日
● ポートピアギャラリー展
86歳の個展〈新作〉です。」の言葉で書きだされた「石阪春生展」のインビテーション。筆者も40年程前から縁があり、ずっと石阪春生氏の作品に接してきているが、驚くべきことに女性デッサンについて86歳の今も瑞々しさを保持し続けている。特に横顔は「正しく石阪春生」としか言い様がないほど洗練され、存在感をもっている。
石阪春生といえば「女のいる風景」である。今や代名詞であり同意語と言ってよいだろう。まるで細密を楽しむかのような構成で、薄塗の絵具で塗り重ねている。人形と女達、そしてドライフラワー、置物などが複雑に絡みあい縺れ合いを繰り返し眼前の大画面に立ち返ってくる。時間を失った風景の中、女の瞳だけが空間を切り裂き観者に迫り来る。この画中の女は画家にとって如何なる存在なのか。モティーフ的には勿論主役に違いないが、画家が思う理想の女であり、おそらく女の眼を通して今を見続けてきた画家本人「自画像」でもあると思える。
石阪氏は1929年神戸市の生れ。関西学院大学を卒業した22歳の時、小磯良平に師事している。戦後6〜10年といえば抽象全盛の時代で、小磯師さえも一時描いたようだが、石阪氏もアンフォルメルの作品が数点残っている。しかし、師がいち早く従来の写実に戻るのに呼応して、石阪氏も独自の世界を切り開いていく。それは、ヨーロッパの銅像のある建築設計を取込んだもので、設計図の線を大胆に残してイメージを展開するという手法であり、その代表作「騎士の図表」でブレイクを果たし新制作協会賞受賞、翌年会員に推挙され画家としての地位を確立するのである。そして更に人物を描いた「青年の譜」へと空間モンタージュの変化をとげる。恐らくこの頃から積極的に女性デッサンを繰り返していたと思える。やはり、目標は師小磯の人物であったことがみてとれるのである。しかし、女性デッサンからその作品制作へのアプローチは小磯のそれとは明らかに異なる。ドローイングでの繊細な線の揺れ、また設計図的な直線のなごりがあり、そのセンスが石阪春生たる世界を創りあげているのである。 (松)