第94回光風会展


―人間に対する深い愛情と誠実― 

 

庄司 栄吉

「調 音」

 演奏者、ときに演奏の合間の休息、また調律・調音のソリストとその形態は違うがそれぞれの作品には軽快な、また荘厳な音楽が塗りこめられている。  庄司氏の筆はタクトのように音を感じそれを色に変換し自在なタッチでキャンバスの五線譜を埋め、深く沈んだセピアは主旋律を奏で、それをウルトラマリン、ヴァイオレット、レキーが変調の音色を加味し画面 を縦横に駆け、交響曲を指揮する。  今回の作品も、奔放な色彩の軌跡の中心に深い感性と思慮を孕んだチェロソリストが、朦朧の中から見えてくるのではなく、確固として存在する如く描かれている。その画面 から、氏の音楽に対する、また人間に対する深い愛情と誠実が感じとれる。  フラメンコギターのコンサートへ出かけたとき、ひとりのギタリストの演奏に魅かれ、そのギタリストにモデルの依頼をされたとことがあったと聞くが、彼はポーズをしている間ギターを弾いていたという。もちろんそれは庄司氏の依頼だと思うが、本物の演奏者がいて本物の音の中で描くからこそ一つ一つの作品に違った音の世界を表現できるのではないだろうか。ただモデルに楽器を持たせ描くといった安直さでは到底描けるものではない。そこに庄司氏の音楽家を描くことへの誠実が読み取れる。  2005年春、氏は太平洋戦争中にセレベス(インドネシア・スラウェシ島)で描きためたスケッチや油絵を編んで画集を出版されたことは弊紙でも2005年の5月号で紹介させて戴いているが、氏は帝国海軍派遣教師としてセレベスに赴任し、日本語と美術を教え、米軍の爆撃に遭う中、生徒達とともに2年半死線をくぐり抜けた経験を持っておられる。  戦後40年そのセレベスの教え子達が庄司氏を招いて同窓会をしたいとの申し入れが、新聞社を通 じてあった。しかし諸事情でそれはならなかったが、それから20年たった2006年2月、氏は88歳の高齢をおしてセレベスを訪れ、教え子達との再会を果 たしたことはまさに人間的な心の豊かさを感受させてくれる。人間への深い愛情が庄司栄吉氏の作品の根幹であり、揺るぎない主旋律なのだといえるのではあるまいか。       (松)